2013年 09月 12日
キューバン・ファイヴ、シエンフエゴス
15年前(1998年)の9月12日、米国フロリダ州マイアミで、ヘラルド・エルナンデス、ラモン・ラバニーノ、レネ・ゴンザレス、アントニオ・ゲレロ、フェルナンド・ゴンザレスの5人が、米国内に於けるスパイ活動及び陰謀などの容疑で逮捕された。彼らは、亡命キューバ人組織によるキューバへのテロを阻止するため、現地で情報収集をしていただけであった。

当時、米国フロリダ州マイアミを拠点とする亡命キューバ人の右翼(反カストロ)組織は、FBIやCIAの支援を受け、数々のテロ活動を行い、多くの人々を殺害してきた。最も大きな事件は1976年10月6日に乗員乗客73名全員が死亡したクバーナ航空455便爆破事件である。事件の首謀者として逮捕された亡命キューバ人(ベネズエラ国籍)のルイス・ポサダ・カリレスは、ベネズエラの裁判で、バルバドス捜査当局のミスにより証拠不十分で無罪が確定。しかし、後に機密解除されたCIA及びFBIの公文書の中で、ポサダが長年にわたりCIAに協力していたこと、クバーナ航空455便を爆破した実行犯の一人だったことなどが明らかになっている。

90年代に入るとソビエト連邦が崩壊し、後ろ盾を失ったキューバは外貨獲得のため観光産業に力を入れるようになる。するとマイアミの右翼組織はそれを阻止するため、キューバ国内のテロ活動を活発化させた。ホテルやバス、空港などが標的となった97年のハバナ連続爆破事件では、観光に訪れていたイタリア系カナダ人ビジネスマンが、コパカバーナ・ホテルで起きた爆発に巻き込まれ死亡、世界中にそのニュースが流れた。キューバ政府はテロリストの捜査についてFBIに回答を求めるが応答は無く、対策として5人をマイアミに送り込むことにした。当時フィデル・カストロ議長は5人から寄せられた情報を元に、書簡でクリントン大統領にテロ活動を行っていた人物の起訴を要求していた。もはや米国の関与なしにテロを止めることは出来なかったからだ。実際5人は組織に潜入すると、武器も持たず情報収集に専念していたが、でっち上げの罪状により逮捕されてしまう。
2001年6月、5人は米国に対するスパイ活動及び国家安全保障を脅かした罪により有罪宣告されるが、米国政府は実際にスパイ活動を行っていた事を立証することは出来なかった。2005年5月、国連人権委員会が家族の訴えを取り上げ、5人の投獄が不当であると結論付けると、米国政府に釈放するよう勧告。ところが、2006年8月に控訴院が10対2で元の判決を支持して再び有罪が確定。この決定に対して抗議の声が殺到し『キューバン・ファイヴ解放委員会』が発足、釈放を求める声が世界中に広がった。しかし、5人は今も投獄されたままである。

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シエンフエゴスで見掛けたキューバン・ファイヴの広告塔。
キューバ国旗と5人の顔、そして『VOLVERAN=復帰』の文字が描かれている。

Canon EOS 5D Mark II EF70-200mm F4L IS USM
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by artisfoto | 2013-09-12 10:40 | キューバ | Trackback | Comments(0)
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